真言宗智山派とは 真言宗は空海(弘法大師)により開かれました。高野山を研学修行の道場とし、教王護国寺を秘法厳修の根本道場と定めて、その教風を宣揚し、承和2年高野山に入定しました。 後に覚鑁上人が高野山に大伝法院・密厳院を建立し教学の振興を図りました。しかし、金剛峰寺と相容れず、根来へ下りました。根来山も隆盛を期しましたが、豊臣秀吉により攻められ、時の智積院玄宥は難をのがれ洛東に寄り、徳川家康の外護を得て智積院を再興しました。以来多くの名僧を輩出し、学山の名を高くしました。 同じ根来学派の豊山学派(総本山 長谷寺)とともに真言宗新義派と称し、ついで智山と豊山両学山に分かれて新義真言宗智山派、新義真言宗豊山派と公称しそれぞれ独立しました。 さらに昭和26年に宗教法人法が公布されるに及んで「真言宗智山派」と公称し信仰培養の根本道場として現在に至ってます。 |
真言宗の焼香マナー
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